■オカンが病気にかかってから、特別な用事以外はお誘いも断って毎週末かかさず実家に帰って、家の用事とか洗濯とか掃除とかオカンの身の回りのことを手伝ってきた。平日も度々仕事を休んで帰った。まぁ、それは当たり前のことかもしれんが、俺がオカンにしてやれるせめてもの感謝だった。
週明け仕事があるからと、日曜の夜遅く実家から帰るときはかならず「ありがとう」と言って見送ってくれた。
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病気のせいで骨がボロボロになり、激しい痛みに襲われて立ち上がることさえままならないのに、迷惑をかけないようにと人に頼ることなく自分で立ってトイレにいってたり、痛み止めの麻薬の効果が切れて全身が痛くて夜中に目が覚めて眠れないことがなんどもあったり。
ベッドから起き上がるのでさえ痛みで顔をしかめることもしばしばあったけど、「痛い」とか極力口に出さなかった。
ほとんどベッドの上で過ごすため、お腹がすかずほとんど食欲がわかない時でも薬飲まないといけないからと半ば無理にご飯を食べていたこともあった。
抗癌剤の副作用で吐き気で餌付いていたりするのに、「大丈夫・・・」といっていたり。
本当に本当に苦しそうだけど、生きることを諦めるような言葉は最期まで言わなかった。
■母の葬儀後、近所の挨拶回りをしていた。
「生前は色々とお世話になりました。ありがとうございました。」
と母が好きだった菓子折りをもって近所に配って回った。
そんな中で聞いた話。
近所のHさんはオカンが家の前や近所をよく掃除していた姿を目にしていたらしい。
オカンの姿を見かけなくなって心配に思ったHさんが
最後にオカンの様子を見に来てくれたときのこと。
オカンはこんなことをHさんに話していたらしい。
「8年前、主人が亡くなったときは本当に辛かったです。でも、周りの人の支えがありなんとかここまでやって来れました。その恩を返そうと、誰かのために何かできないかと思って、挨拶とか、近所の掃除とかもやってきたつもりだったんですが、この寝たきりの体では自分の家の前すら掃除できなくなってしまって、Hさんはキレイにしてるのに、ウチが汚くして申し訳ないです。こんな体になってしまって。
主人の病気(脳腫瘍)は難病で看病も大変でしたが
私も、こんな病気にかかってしまって周りの人にとても迷惑をかけている。
そう長くはいきられないでしょう。もう最後になるかもしれない。
ただ、今、最後、せめて私に出来ることは、子供たちに自分が病気と闘っている姿を見せることだけです。
最期に一生懸命 病気と闘う姿勢を見せることが 私に残された子供たちのためにできる最後の教えです。」
と。
そんなことは本人の口からは、全く聞かされていなかった。
この9か月間、オカンの様子を見てきた。
病気の進行で日に日に痩せて弱っていく姿を見てきた。
それでも人に気を配ることを忘れず、自分の力で頑張る姿を見てきた。
オカンがまだ体調のよかったとき、週末どこにも行かず病院に見舞いに来たり、実家に返ってくる俺に対してヒトコトこんなことを言ったことがあった。
「あんたホンマは何がしたいんや? 自分のやりたいことやりや。」
俺はずっと頑張って感謝を返しているつもりだったけど、返せるほどのことなんて何も出来やしなかった。
逆に今の俺の何倍も頑張って生きている姿を
命をかけて教えてくれていた。
最期まで一生懸命に生きるということを。
その話を聞いた時、
これまでのいろんな出来事が一気に思い起こされて
葬儀からずっと我慢していた涙を、
こらえられずにはいられなかった。
有難う。おかん。
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返信削除先週母が同じ病気で他界しました。全く同じ状況で心が熱くなりました。なんのためにあんなに辛い治療をしたんだろう。病と闘っていた姿が頭から離れません。
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